ST(言語聴覚士)を目指した私たちのストーリー!言語聴覚士を目指すなら 臨床福祉専門学校

My “ST”ory

〜わたしはこうしてST(言語聴覚士)を目指しました〜

本校で言語聴覚士を目指す人はみな、
それぞれ人生のキッカケがあります。
彼らのストーリーを紐解いてみましょう。
あなたにも共感できる
ストーリーがあるかもしれません。

「文系」でも目指せる医療職を求めて

工藤 紗季さん

工藤 紗季さんのストーリー2018年入学 25歳

My Story1My Story1

■ 大学時代に全身全霊を注いだ手話サークル

私の大学時代は手話サークルに全てを注いだといっても過言ではありません。
小さい頃から手話に興味があり、入部を決意。サークル内には聴覚障害を持った後輩もいたので、彼女と話したくて一生懸命勉強しました。また、「手話歌」を広めるために、文化祭で発表したり、地域貢献活動の一環として地元の商店街で披露したり・・・とても楽しく活動していました。
そんな学生生活を過ごす中で、せっかくなら一生懸命学んだ手話を活かすことができる仕事に就きたい、聴覚に不自由を抱えている人の力になれればと漠然と考えていました。が、間口として広くなく・・・大学卒業後は、医療には全く関係のないサービス業に就職しました。

■ 言語聴覚士を知ったのは
Twitter

働き始めてから何年か経ち、仕事も落ち着いてきた頃、「これからこのままこの仕事を続けていいのだろうか」とふと考えることが増えました。そんなとき、たまたまTwitterで見かけた広告。「言語聴覚士」という名前になんとなく興味を持ちました。
調べてみると、「聞く」のスペシャリストとのこと。学生時代から心のどこかで思っていた「聴覚に関わる仕事に就きたい」という思いがふつふつとよみがえりました。これから先、ずっとどこかで引っかかって気になり続けるぐらいなら、自分の人生の中で一番若い今、目指そう!やってみよう!と思いました。
タイミングって大事だなと思います。

サービス業から…【turning point】「医療に携わりたい」をきっかけに…言語聴覚士へ!

  • サービス業から…【turning point】「医療に携わりたい」をきっかけに…言語聴覚士へ!

■ 刺激的な学びの環境

学校で学び始めて数ヶ月ですが、幅広い年代と様々なキャリアを積んできた同級生との学びは、とても刺激的です。普通に生活していたら、絶対なかった出会いだと思うので、毎日とても楽しいです。主婦の方、先生をしていた方、たくさんの資格を持った方・・・尊敬できるクラスメイトと一緒に勉強できる環境は、私にとって、とても大きいものだと感じています。

■ まさか、文系の自分が
医療業界を目指せるとは

私はずっと文系だったので、まさか自分が医療職を目指せるなんて思ってもいませんでした。今から医者や看護師にはなるのは難しいけれど、医療人として患者様を助ける、という仕事が私にもできるのかもしれない!という期待でワクワクしています。
言語聴覚士の仕事は、女性も働きやすい職業だと感じています。決まった時間で働くことができ、資格を持っていれば、産休や育休をとったあと復帰しやすい仕事だと思います。また、様々な分野で活躍できる、幅広い選択肢のある職業だと思っています。
病院や施設だけでなく一般企業でも活躍できる道を探していきたいです。元々興味のある「聴覚」の分野で、耳に不自由を抱えている方の手助けができれば、と考えています。

吃音のせいで「話す」ことから逃げてた自分を
変えてくれたのが
言語聴覚士の存在

小椋 柊磨さん

小椋 柊磨さんのストーリー2017年入学 24歳

My Story2My Story2

■ 「話す」ことが苦手でした

幼いころから吃音(どもり)があり、うまく話すことができない、話すことが恥ずかしい、人前ではしゃべりたくない、と会話や話すということに対してネガティブな幼少期をすごしていました。すこしでもネガティブを克服しようと、小学生のときには「ことばの教室」に通っていたので、幼少期から自分にとって言語聴覚士が身近な存在でした。

■ 「話す」ことに
向きあい続けた幼少期

当時、通っていた「ことばの教室」では具体的な訓練という感じではなく、たくさん話す、積極的に会話をする、という内容だったことを記憶しています。
「会話」に後ろ向きにならないように、「話す」ことに向き合うことを学んでいたように思います。

農業大学から…【turning point】「自身の吃音」をきっかけに…言語聴覚士へ!

  • 農業大学から…【turning point】「自身の吃音」をきっかけに…言語聴覚士へ!

■ 大学では「食」を通じて
国際社会に挑戦

幼少期には身近だった言語聴覚士。中学、高校と成長し、大学進学時は言語聴覚士と疎遠になっていました。大学では将来、「食」を通じて海外協力青年隊として活動することを志すため、東京農業大学国際食料情報学部に進学しました。しかしながら大学3年の就職活動のタイミングで自分の将来について見つめなおそうと思ったのです。

■ 出会いは
吃音(きつおん)当事者の会

なぜ見つめなおすことを考えたのかというと、幼少期から悩んでいた吃音(どもり)は成長しても治るわけでもなく、逆に日増しに気になる自分もいました。そんななか、就活という人生の節目においてもう一度自分が苦手としている「会話」に向き合ってみようと思い、同じ吃音をもつ吃音者のセルフヘルプグループに参加してみました。
そこには自分よりも「どもり」の症状がある方や言語聴覚士も参加しており、吃音者が言語聴覚士にアドバイスを聞きながら前向きに積極的に会話をしている姿をみて、自分も言語障害を持つ人の役に立ちたい、当事者だからこそできるサポートがあるのではないか、と思い、言語聴覚士を目指すことに方向転換をしました。

■ 当事者本人だから患者様の苦しみがわかる言語聴覚士を目指したい

幼少期から自分は吃音に悩んできました。そしてそれは今も変わりません。でも今は臨床福祉専門学校で言語聴覚士を目指すことにより、吃音についての知識や言語訓練法を学ぶことでうまい付き合い方を自分自身も身に付けていると思います。
卒業後の進路はやはり吃音で悩んでいるかたをひとりでも多く支えていきたいと思っています。もっと言えば、小児吃音者を支えている医療機関や臨床福祉専門学校附属のことばの相談室のようなことばの訓練施設で勤務し、子どもたちだけでなく保護者のかたの支援もしていく言語聴覚士になりたいと思っています。海外で働くことも諦めてはいないので、さらに将来は海外で言語聴覚士として働きたいと思っています。

「子ども」に寄り添える仕事がしたくて

栁澤 琴未さん

栁澤 琴未さんのストーリー2018年入学 22歳

My Story3My Story3

■ 子どもに関わる仕事がしたい!

元々子どもが好きでした。将来は、子どもに関わる仕事に就きたいと思っていました。
大学で心理学を学んでいくうちに、子どものカウンセリングが出来たらいいなと思いはじめ、はじめは臨床心理士を目指していました。

■ 「手に職をつけたい」思いと
言語聴覚士との出会い

就職活動が始まった大学4年生のあるとき、所属していた心理学ゼミの先生と、進路の話をする機会がありました。臨床心理士を目指していたものの、就職口の少なさ等を聞き・・・迷っていました。手に職をつけたい、と思っていたので一般企業への就職は考えていなかったのですが、せっかく心理学を学んだので生かせる仕事があればな、と思っていました。
そんなある日、ゼミの先生に「言語聴覚士」という仕事があることを教えてもらいました。ゼミの先輩に「言語聴覚士」として働いている方がいて、すごく楽しそうに仕事をしている、と。心理学を活かせる側面もあり、一人ひとりとしっかり向き合いながらできる、信頼関係を築きながら人をサポートできる仕事だと聞き、興味が湧きました。
今まで聞いたこともなかった職業だったので、すぐに調べました。
『リハビリ』と聞くと、高齢者の方のイメージも強くあったので、『どんな仕事だろう?』『わたしに向いているかな?』『本当にやりたい仕事かな?』など、疑問はたくさんありました。

心理学ゼミから…【turning point】「手に職が欲しい」をきっかけに…言語聴覚士へ!

  • 心理学ゼミから…【turning point】「手に職が欲しい」をきっかけに…言語聴覚士へ!

■ 自分のペースを
守れるキャンパス

大学も卒業しているし、出来るだけ早く働き始めたいと思っていたので、大卒2年で資格のとれる専門学校に絞って探しました。早速、参加したオープンキャンパスで対応してくれた学生さんのアットホームな雰囲気と、広々としたキャンパスで自分のペースで勉強できそうなところに惹かれ、臨床福祉専門学校に進学を決めました。
実際の授業を見学して、先生から直接、言語聴覚士についての様々なお話を聞けたのも大きかったです。子どもの訓練現場を間近で見られる環境にも魅力を感じました。

■ 子どもだけではなく、
まわりの人も支えられるSTに

学校で学んでいく中で、言語聴覚士には様々な領域があることを知り興味も湧いてきていますが、いまのところ、将来は小児の分野で働きたいと思っています。
お子様の発達に関しての悩みは、親御さんの気持ちの負担が大きい、と感じています。子どもの成長には親御さんの協力や、まわりの環境を整えていくことが必要不可欠だと感じているので、お子様だけではなくて、親御さんやご家族のフォローもしっかりできる言語聴覚士になりたいと思っています。親子へのカウンセリングのような形で寄り添いながら関わっていけたらなと思います。

「誰かのため」になる
仕事を見つけた

江戸 駿一さん

江戸 駿一さんのストーリー2018年入学 29歳

My Story4My Story4

■ 出会いのきっかけは祖母の病

「言語聴覚士」という仕事に出会ったのは、3年前に祖母がパーキンソン病を患ったことがきっかけでした。
ついこの間まで、当たり前のように会話ができていた祖母が、発症後、うめき声をあげるだけになり、全く会話にならない姿に衝撃を受けました。
なにかを言いたい・伝えたい、という意志は伝わってくるのに、「声」が出ない。
私たちが普段当たり前にしている「話す」という行動が、人とコミュニケーションをとる上で、どれだけ尊く大事なものなのか、痛感しました。
余命もそう長くない中で、一番身近な家族にすら伝えることができない祖母の姿を見て、どうにか助けになりたい、と心の底から思いました。そのときに出会ったのが「言語聴覚士」の仕事。「話す」ということにスペシャリストで、祖母のような症状を持つ人の力になれる仕事だと知りました。

書店勤務から…【turning point】「祖母の病気」をきっかけに…言語聴覚士へ!

  • 書店勤務から…【turning point】「祖母の病気」をきっかけに…言語聴覚士へ!

■ 人を支える人になりたい

大学生の頃は「人のためになりたい」と漠然と考えていて、警察官を目指していました。
大学3年生の頃から本格的に目指し始め、いろいろと調べていたのですが、自分の理想とは少し違う・・・と感じ始め警察官の夢は諦め、元々本が好きだったため、大学卒業後は、書店員として就職。仕事はいたって順調で、特に悩みもなく毎日を過ごしていましたが、心のどこかで「人のためになりたい」という夢を簡単に諦めて良かったのか・・・という葛藤がありました。これからの将来について悩んでいたときに、祖母の病気が発覚しかつての夢であった「誰かのためになる・人を支える」ことのできる「言語聴覚士」を目指すことを決めました。

■ 多職種連携、
チーム医療を大切に働きたい

大学時代も文系で、理系の分野、ましてや医療分野に関わったことは全くなかったので、イメージすら全く持っていない状態で、言語聴覚士になる勉強を始めました。学んでいくうちに、医療業界は「多職種連携」が大切だということを知りました。
一人の患者様を救うために、様々なコメディカルが力をひとつに合わせて、助けていく「チーム医療」の現場に、チームの一員として深く携わりたいと感じています。祖母のように、話したくても話せない人の力になりたいというのが今の一番の思いです。そのために、一人のコメディカルとしてしっかり責任を果たせるよう、日々学んでいきたいと思っています。

20年以上医療機関で
勤務してわかった
「自分で食べる楽しみ」を
最後の最後まで
残してあげたい

布施 謙一さん

布施 謙一さんのストーリー2018年入学 45歳

My Story5My Story5

■ 最初は病院の
医療事務として勤務

私は急性期の総合病院で約8年、その後、透析を専門とするクリニックへ職場を変え、約13年間勤務。
あわせて20年以上、医療事務として受付やレセプト業務を通じて患者様とかかわる仕事を通じてキャリアを積んでいました。

■ 医療ソーシャルワーカーとして患者様に向き合う日々

最初は医療事務としての勤務でしたが、もっと患者様と寄り添う業務をしたいと思い、臨床福祉専門学校に入学する前の直近2年間は働きながら社会福祉士と精神保健福祉士の資格を取得し、医療ソーシャルワーカーとして、入院相談や療養中の心理的・社会的問題の解決、社会復帰援助、退院後の経済的問題の解決などを行う相談業務を務めていました。

病院勤務から…【turning point】「食べる楽しみ」をきっかけに…言語聴覚士へ!

  • 病院勤務から…【turning point】「食べる楽しみ」をきっかけに…言語聴覚士へ!

■ 食べる楽しみが
長生きにつながる

相談業務を通じてたくさんの患者様とお会いしてきました。多くの患者様は早く退院して自分の家に帰りたい、と思っており、いつまでも病院にいたい、と思う方は少ないのです。その思いの背景には自分の好きなものを食べたい、という思いがあることを感じました。その好きなものを食べたい、という思いが原動力がとなって自宅に帰りたい、自宅に帰るまで体を回復したい、と思うんだと痛感しました。「食べる楽しみ」をもっていれば長生きにつながる、生きる活力になる、ということを患者様から教えていただき、「食べる」を支援できる仕事に就きたいと思いました。

■ 言語聴覚士として
医療の知識も習得したい

正直、福祉知識については自信があります(笑)。でも医療の知識が自分にはない・・・。
「食べる」ことは生死に関わることになります。楽しく食べれれば生きる活力になりますし、喉に詰まらせたりでもしたら死につながってしまいます。
そのため、きちんとした正しい知識が必要になりますし、それが学べて活かされるのは言語聴覚士だと思っています。

今は授業についていくのが必死ですが新しいことを学べる喜びを感じています。一人でも多くのかたに“自分で食べる楽しみ”を最期のときまで支援できるように・・・という思いを胸に日々邁進しています。ぜひ福祉現場で働いている方のキャリアアップのために言語聴覚士という資格をもっと多くの方と目指していきたいですね。

言語聴覚士に出会って
将来の不安・迷いが
消えた

中西 貴大さん

中西 貴大さんのストーリー2017年入学 25歳

My Story6My Story6

■ 大学時代は警察官を
目指していた自分

小さなころから世の中のために一生懸命に働く警察官に憧れていたので、大学も迷いなく法学部に進学しました。しかしながら現実はそんなに甘くもなく、公務員採用試験に通ることが難しく、これが現実なんだな・・・と痛感し自分の将来を見つめ直すことが必要だと思っていました。

■ 母の薦めで
障害者イベントに参加

そんなある日、看護師である母の薦めで22歳のときに聴覚(きこえ)障害をもっているかたとの交流会に参加しました。このような機会は初めてだったので自分自身はたくさん会話をしたい、と思い積極的に声をかけて参加していたのですが、相手は聴覚障害を持っているため言葉を口で発しても伝わらない・・・。一体、自分はどうやってコミュニケーションを取ればいいんだろう、と悩みました。

■ 悩みをきっかけに
社会人手話サークルに参加し手話を学び始める

言葉を発信するツールとして手話があることを知り、最初は見よう見真似で手を振りました。やがてそれが相手に通じ、手を使って会話ができるようになり、会話が通じたときのあの瞬間の感動はいまでも忘れません。言葉は口や音の発信だけでなく、他の方法でも伝えられる、そう実感しました。ここからは手話の勉強に一直線です。必死に勉強をしました。覚えたことを手話で話す、さらに会話が膨らむ、一人ひとりと向き合ったコミュニケーションの可能性を日々感じていました。

警察官志望から…【turning point】「手話サークル」をきっかけに……言語聴覚士へ!

  • 警察官志望から…【turning point】「手話サークル」をきっかけに……言語聴覚士へ!

■ 「中西君、きっと君には
”言語聴覚士”向いてる仕事だとおもうよ」

手話サークルの代表にこの言葉をかけてもらったときに最初は意味がわかりませんでした。
そもそも“言語聴覚士”って何?どんな仕事?どうやってなるの?と疑問が先だったので、早速、Webで調べて最初に出てきた「臨床福祉専門学校」のオープンキャンパスに駆け込んでみました。オープンキャンパスでは教員、在校生に一から言語聴覚士について教えてもらい、「向いている仕事」といわれた意味を理解しました。どちらかというと「自分が目指す仕事が見つけた!」と衝撃が走りましたね。小さなころから世の中や誰かのためになる仕事に就きたいという想いがあったので、一人ひとりと向き合って相手をサポートでき、さらには今の自分が一番興味をもっている聴覚分野について学ぶことができる言語聴覚士という仕事が今の自分に“一番必要”、と心から思い、臨床福祉専門学校への入学を決意しました。

■ 「ことばの発達は
こころの発達」

この言葉は1年『小児発達学』服部先生からいただいたメッセージです。年齢関係なく、人間は”ことば”を通じて成長をし、”こころ”を発達させていく動物だと教えていただきました。自分は手話をきっかけとして聴覚障害をもつかたとのつながり、そして心を育てていただきました。今度は自分自身が聴覚障害によって「きこえ」の世界から取り残されている人を救う存在になりたいと思っています。

■ 「きこえ」の世界から
取り残されているひとを
救いたい

将来は耳鼻科やきこえ療育センターなど”きこえ”の分野での言語聴覚士を目指しています。手話を活用しながら個人個人がもっている聴力を活用して”ことば”から”こころ”を育てていく言語聴覚士になれるように日々、奮闘中です。